サングレイン知多蒸留所2018年02月02日 22時50分

株式会社キクテックさん(新美政衛代表取締役社長)の
新年懇親会(2月1日〜2日)。
今年はあいにく2月1日にIATSSの研究会の予定が入り、
残念ながら1日目のプレゼンテーション、講演会、情報交換会
とも参加できませんでした。

それでも夜のうちに東京から名古屋に移動。
2日目の視察コースに参加することができました。

東京は昨夕からの雨が、今朝になって雪になったようです。
名古屋地方はありがたいことに本日は良い天気になりました。

今回の視察先は「中部電力 知多電力館」と
「サントリー サングレイン知多蒸留所」です。
興味深かったサントリー蒸留所のほうを紹介しましょう。
まずここはウィスキーの蒸留所ですが、工業地帯に立地
していて、「知多蒸留所」の文字がなければ、どう見ても
重化学工業の工場です。

さらに一般公開していないため、見学のための受け入れ設備
はありません。
(パンフレットの類いや、試飲・お土産の販売コーナーなど
 一切ありません)。
最初に通された部屋には壁にズラリと「知多」のボトルが
並べられていました。
スライドを使って、グレーンウィスキーの説明や、
ウィスキーの消費量の推移、「知多」という新ブランドの
紹介などしてくださる浅野さん。

ウィスキーの原酒には大きく分けて「モルトウィスキー」と
「グレーンウィスキー」の2つの種類があります。
モルトウィスキーは大麦の麦芽を発酵させ、銅釜の単式蒸留器
で蒸留してつくります。
図の出典:SUNTORY WHISKY MUSEUM ウィスキーを知る

一方グレーンウィスキーは、トウモロコシなどの穀類と麦芽を
発酵させ、連続式蒸留器で蒸留させたものです。
図の出典:SUNTORY WHISKY MUSEUM ウィスキーを知る

グレーンウィスキーはモルトウィスキーのブレンド用、
すなわち、サントリー響(ひびき)やオールドや角瓶の個性を
出す「だし汁」として用いられてきたのです。
そのだし汁的役割のグレーンウィスキーを単一の蒸留所の
モルト(シングルモルト)として2015年に全国発売したのが
「知多」なのです。

これがサントリーウィスキー「知多」です。
写真出典:SUNTORY 公式ホームページ

お話を伺った後は、ヘルメットをかぶって工場内の見学です。
蒸留設備の模型です。

模型左から「もろみ塔」「精留塔」「精製塔」

蒸留所入り口横のスペースに展示されている精留塔の
内部の実物(横に倒して展示)。
不快な成分を取り除くために銅が用いられていて、25年ほど
使用したのでアルコールで減耗しているとの説明でした。

工場敷地全景 上が昔の写真、下が現在の写真です。


港に面しているため、主原料であるトウモロコシを積んだ船
が荷を下ろし、全農さんの倉庫にストックし、蒸留所へは
そのままベルトコンベアーで運ぶそうです。
輸送コストゼロ!!
さらに貯蔵庫のある滋賀県と山梨県の中間地点にあるため、
物流面でも最適な場所だということです。

最後に本日の見学記念として、「知多」180ml入りのボトルを
いただきました。
軽やかな風のような味わいだそうです。
帰宅してから、じっくりいただくことにします。
本日はありがとうございました。

皆既月食スーパー・ブルー・ブラッドムーン2018年02月01日 00時30分

今夜(1月31日)の皆既月食は、あまりにも見事でした◉

雲ひとつない夜空での鮮明な天体ショーに、すっかり魅せられ
ました。

20時50分頃から満月が地球の影に入って欠け始め、
21時50分過ぎに完全に欠けた「皆既食」になりました。
赤銅色に光った月は素晴らしく美しくて、感動しました。

皆既月食の様子をデジカメで写そうとしたのですが、
残念ながらデジカメではどうしてもきれいに写せません。
ネット上には続々と月食の写真がアップされています。
各新聞社とNHKはさすが芸術的な映像です。
下の写真は朝日新聞。
「皆既月食で赤銅色になった月=31日午後9時51分、
 和歌山県串本町」 加藤諒氏撮影

NASAは今回の皆既月食を「スーパー・ブルー・ブラッド
ムーン」と呼んでいるそうです。
「スーパームーン」今年最大級の大きさに見える満月
「ブルームーン」1カ月で2回目の満月
「ブラッドムーン」皆既中に血のような色になる月
を合わせたものです。
下がNASAのスーパー・ブルー・ブラッドムーンの映像です。

国交省・森技監と語る2018年01月24日 22時53分

国土交通省の森昌文技監と、全標協の清水修一会長、そして
私との座談会がようやく実現しました。

きっかけは新年のご挨拶回りをしたとき(1月9日)、森技監が
標識や道路標示についての持論を述べられたことでした。

「ぜひそのような貴重なご意見を、全標協の機関紙
『トラフィックサポーター』にご寄稿ください」
と、「トラフィックサポーター」編集委員長として要望を
申し上げたところ、それなら座談会でもやりますか、
そこで自由に大いに語り合いましょう、
と、まさかの「森技監と語る」夢が現実になったのです。

とは言え、超ご多忙な森技監のこと。
日程調整を重ね、何度か予定の変更があり、国交省道路局の
担当部署を訪問したりして打ち合わせを重ね、
ようやく本日の座談会にこぎ着けた次第です。

技監室にて、真ん中が森昌文技監、右が清水修一会長、
左が私で、私が司会進行を務めさせていただきました。

主なテーマは「生活道路における交通安全対策」と
「自動車の自動走行システム」についてです。

現状や国交省の取り組み内容、全標協への要望を含め
有益なご示唆をたくさん伺うことができました。

早速内容をとりまとめ、「トラフィックサポーター」3月号に
掲載させていただく予定です。
森技監、担当部署の皆様、そして清水会長、大変ありがとう
ございました。
心より御礼申し上げます。

東京に大雪2018年01月23日 20時53分

東京に大雪警報が出て、予報どおり昨日(1月22日)午後から
降り始め、見る見るうちに10cm以上積もりました。

昨夜11時には都心の積雪は23cmとなり、交通機関は大混乱。
毎日新聞のデジタル版には、こんな写真が掲載されました。
「雪が降り積もる渋谷のスクランブル交差点を歩く人たち」
 1月22日午後8時4分、宮武祐希氏撮影
(写真出典:毎日新聞2018年1月23日 東京朝刊)

もっとも子どもたちは、4年ぶりの大雪に大はしゃぎ。
(大田区のこの辺りは都内でも暖かい地域なので、
 いつも都心ほど積もらないのです。)

マンションの庭でチハとアサヒも雪だるまを作っています。

そのうちチハ姉のKまで雪だるまづくりに参戦。
映画「キングスマン:ゴールデン・サークル」の
指導教官マーリンだそうです。
モデルはこの人

朝までに、庭のあちこちに雪だるまが作られていました☃☃☃

昨夜は帰宅困難者も出たようです。

調べてみたら、4年前の大雪は2014年2月8日
降ったのね。
今アサヒが着ているコートは、4年前チハが着ていた
コートですね☆☆

超学際シンポジウム2018年01月12日 21時54分

IATSSの内部的なイベントである「超学際シンポジウム」に
参加しました。

講師は何人かいらしたのですが、飛び抜けて興味深く
聴かせていただいたのが、愛媛大学医学部附属Aiセンター長の
浅野水辺(みぎわ)教授の発表でした。

浅野教授の専門分野は法医学です。

法医学(Legal Medicine)は法律に関わる諸問題を、医学の
側面から科学的に解明する学問です。

死因究明には正確に死体検査(解剖や検案)をすることが
不可欠だというお話は、専門外の私には衝撃的な内容でした。

2012年に「死因究明等の推進に関する法律」と
「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律」
(死因・身元調査法)が成立したのですが、その背景には
いくつかの犯罪死を見逃した事件があったのです。
(2007年の「力士暴行死事件」や連続保険金殺人事件など)

浅野教授は年間100体を超える司法解剖を担当し、刑事司法の
適正な運用に貢献されたことで、検察庁から感謝状を
授与されるなど、すでに多大な功績を残しておられます。

愛媛大学のウェブサイトで紹介されている浅野教授の感謝状
受賞記念撮影です(前列中央が浅野教授)。

豊富な実績に裏打ちされた説得力のあるプレゼン内容、
切れのある語り口、ユーモアセンスも抜群で、私はいっぺんに
先生のファンになりました。

ちなみにAiセンターのAiとは、Autopsy Imaging:オート
プシー・イメージング(死後画像診断)のことで、
遺体をコンピューター断層撮影などで分析します。

交通の場面における法医学では、交通事故死の死体検査から
外傷と死因との因果関係を究明します。
実は交通事故における運転者死亡の8.3%が突然死(病死)
との結果が、日本法医学会の全国調査(1994)で明らかに
されています。

浅野教授のお話は、運転中の突然死による事故防止策に
ついての提言のほか、
「水を飲めば、血中アルコール濃度は低下する?」
(2006年の福岡・海の中道大橋飲酒運転事故で、容疑者が
飲酒運転を隠蔽するため、多量の水を飲んで出頭した事件
に関連して)というお話まで盛りだくさんで、もっとじっくり
伺いたい内容でした。
(参考までに、飲酒後、水を飲んでも血中アルコール濃度は
低下しない、そうです。)

新年賀詞交歓会2018年01月09日 22時10分

(一社)全国道路標識・標示業東京都協会の「新年賀詞交歓会」
に出席しました(会場は新橋のホテル)。

JR新橋駅日比谷口にあるSL広場では、毎年この時期、広場に
あるSL機関車(C11)をLEDで飾ります。
「新橋イルミネーション」と呼んでいるらしい。
今回のデザインテーマは「海賊船」だということです。

せっかくの美しいイルミネーションですが、背景のビルの
ライトが邪魔して、幻想的な雰囲気を打ち壊しています。

都協会の賀詞交歓会は、毎年出席者が多く、全標協本部の
総会後の懇親パーティより大規模です。

挨拶をする小林浩明東京都協会会長
1年ぶりにお目にかかる方もいて、有意義な賀詞交歓会と
なりました。

新年ご挨拶回り2018年01月09日 21時47分

全標協の会長、副会長、専務理事らとともに、慣例の
警察庁、国交省への新年ご挨拶回りをしました。

警察庁では光栄なことに坂口正芳・警察庁長官にゆっくりと
ご挨拶できました。
ほかには桝田好一交通局長、長谷川審議官、今村交通規制課長、
森末交通指導課長などの方々にも挨拶をいたしました。

国土交通省は石川道路局長、森技監ほか、日ごろ何かとお世話
になっている方々や部署を回りました。

びっくりしたのは道路局企画課を訪問したときのことです。
吉岡企画課長、松本道路事業調整官に挨拶をしたあと、一同
退室しようとすると、見覚えのある人が立ち上がって私に
会釈するではありませんか。

「あら、もしかして○○さん? でも何故ここに」

するとその彼が近づいてきて
「ご無沙汰しています。○藤です」
エーッ。やっぱり、横浜国大大学院博士課程の同じ研究室で
一緒に学んだ○藤寛之さんではないですか。

彼は(私より何十歳も若いですが)入学年度では私の「先輩」
になります。
国交省に入省して、初任地は広島でした。

わあ、本省勤務になったのですね。
在籍中から非常に優秀な方でしたので、すでに企画課の
××係長になっていらっしゃいます。

これからしばらくはお目にかかれる機会が増えますね★★

きょうは夕方に東京都協会の新年賀詞交歓会がありますが、
一旦帰宅することにしました。
おだやかな天気なので霞ヶ関から有楽町まで散策。
日比谷公園の池にある「鶴の噴水」
噴水は出ていないようです。

2018年もよろしくお願いします2018年01月05日 19時59分

2018年になりました。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

コミケで終わるわが家2017年12月31日 18時54分

本年もあと少しで終わります。

昨年は悲しいことがあり、今年の年賀は欠礼しましたが、
本年は何とかお陰さまで普通に年が越せそうです。

「普通」が何よりと、心から思えます。

わが家では家族の3人が夏と冬のコミケに参加します。

私は参加しませんが、早朝出発組の朝食の都合もあり、
いつも通りの5時起床です。
今回のコミケ93は、2日目(12月30日)のみサークル参加の
ため別口から入れるということで、ゆっくりと朝8時頃家を
出ていきました。

ところがゆっくり過ぎて、会場に着いたら9時を過ぎて
しまったとか(サークル入場口の締切時間は9:00)。
〔遅刻組〕はスタッフの皆さんにこってり絞られたそうです。

迷惑をかけたのですから、当たり前でしょう。

全国から何十万人という人が押しよせ、早朝から並んで
5時間待ちで入場しているのですから。

日本のコミケは現金決済なので、うちのKやYはそれぞれ毎回
2万円近く小銭に両替していきます。
カタログはようやくDVD-ROMで販売されるようになり
楽になりましたが、IT化とはほど遠い現状です。

上海や台湾のコミケにも行く娘によれば、あちらのコミケは
とっくに電子決済。
なにせ中国や台湾のIT化は日本よりはるかに進んでいるのです。
例えは悪いですが、ホームレス(物乞い)の方々でさえ
電子決済を導入しているそうです。

それでは皆さま。良いお年をお迎えください。

張さんご夫妻と食事2017年12月17日 22時14分

以前中国から日本に来てらした張剛さんが、仕事で日本に
来ることになり、久しぶりにお会いすることになりました。

張さんからは、たまにメールや電話がくるのです。
「先生にはお世話になった。いつか日本に行きます。
そのときはぜひお会いしたい」というのが口ぐせでした。

そして今回仕事で来日することになり、妻も連れていくので
一緒に食事をしましょう、ということになったのです。

10年以上も前のこと、張さんはこの地域で私が購読している
新聞の配達と集金をしていました。

「妻が学位を取るため日本の大学に留学中」だと、よく
話されてました。
妻を支えるため、張さんは新聞配達のほか2つも3つも
仕事を掛け持ちし、寝る間も惜しんで働いていました。

あるとき、彼女の大学の指導教官が納得できるような指導を
してくださらず、論文がなかなかパスしないこと、
論文を日本語でうまくまとめられなくて苦労していること
などを知りました。

その当時は私もIATSS(国際交通安全学会)で「市民参加型
交通安全対策」等の研究プロジェクトに携わっており、
審議会、講演会、本の執筆・・と非常に多忙でした。

けれど自分も研究者の端くれですので、張さんの窮状を
どうしても見過ごすことができませんでした。

そのうち少しずつですが、彼女の論文作成のお手伝いを
するようになりました。

それらを非常に感謝されるのですが、できる範囲のことを
当たり前のようにしただけなので、大したことはしていない
のです。

いつ頃の出来事だったかなと「活動日誌」を読み返して
みました。

2007年4月7日。張剛さんより電話。成田空港から。
「あと1時間ぐらいで中国に帰ります。
 先生から受けたご恩は一生忘れません。」

4月20日。張(妻)さんを国際交通安全学会の外部報告会
(経団連会館)にご招待。懇親パーティで大学の教授たちと
交流するひとときを持つ。

あ、思い出しました。
張剛さんは、妻を日本に残して先に中国に帰国したのです。
学位論文がパスするまで妻は研究生としてあと1年頑張る
ことにしたのです。
どんなに心配だったことでしょう。

私は彼女の身元引き受け人になり、賃貸アパートの保証人も
引き受けました。
論文の日本語を修正し(何日もかけてかなり手を入れた)、
参考文献の出典の不備やデータ不足を補い、さらには何とか
学位論文として認定されないものか、学長等への「嘆願書」
なども作成して、大学に何度も足を運んだのです。

残念なことに結果的に学位は取得できませんでした。
でもやれることはやって、多くのことを学んだと思います。

彼女も帰国して娘さんが生まれ、もう9歳だとのことです。

張さんご夫妻が「ぜひ家族の方も一緒に夕食をたべましょう」
と熱心に誘ってくださり、皆で「回転寿し」に行きました。
子どもたちの分はこちらで払うつもりだったのですが、
張剛さんいわく。
「先生。私はいま社長です。中国に帰って始めた会社が
成功しました。年商○○億円です。本当です。
○○を扱っている会社です。商談で日本にきたのです。
私たちは先生への恩は決して忘れません。
先生はあれから博士になってすごいです。
きょうはごちそうさせてください。
また日本にきます。またお会いしたいです。」

びっくりするような話でした。
張剛さんのことですから、どれだけ努力されたのでしょうか。
カメラを持たずに食事にいったので、写真を写さなかったのが
残念でした。